親しき仲にも礼儀あり。
その言葉がよぎりながら、朝から準備に追われていた。
「おもてなし」には、いくら友人であれ、最低限のマナーというか礼儀が必要である。
しかし、いかんせん不慣れなもので。
昨日は、中学時代の友人ゴンタ・作三それぞれのファミリーを、家に招いて忘年会をした。
と、さらっと書くと何事もないことだが、僕にとっては一大事である。
昔っから、人を家に招くことを、ほとんどしなかったからだ。
もともと、うちの両親もほとんど家に人をあげるという行為は、ほとんどしない。
きっとそれが影響している、というのは、やや責任転嫁しすぎか。
どちらにせよ、自分の居住空間に人様が入ることについて、朝からものすごいプレッシャーを感じる。
午後2時、同窓会開始。
いつもごはんを食べてテレビ見て、という空間に、わっと何人もの人が入っている。
その時点でもう、異空間。
おもてなししなくては、と酒の準備やらテーブルの片付けやら、いつになくぎこちない。
ううむ、よく人の家にしれっとお邪魔するけれど、家の人はそれなりにエネルギーを費やしていたのだな。
もうその感覚がわかっただけでも、大収穫である。
今回、昔のアルバムから、中学時代の写真を引っ張り出して、部屋に飾った。
ゴンタ・作三・僕の、スリーショットである。
まぁみんな、若いし服ダサいし、青春まっただなかといった感じ。
当時は、将来こうして酒を交わすなんて、想像もしていなかっただろう。
そこに写る肖像以外に、いろんなことが写し出された、とてもよい写真である。
ましてデジカメなんてなかった時代、本当によく保存しておいたものだ。
あと好評だったのが、ファミコンのカセット。
先日のフリマで、そこそこ仕込んでおいた。
それも、タダで持っていって、というものから、高くても50円とか。
おのおの、食いつくソフトが異なり、画面に映してはノスタルジーを感じる。
ファミコンというものも、過去へタイムスリップするための、うってつけのツールである。
日が暮れたあたりから、相変わらずの電池切れ。
いつもわかっているのだが、やはりワインとか強いお酒を飲むと、アウトである。
みんなの輪に入れないのはおろか、頭がガンガン痛む。
で、気がつけばあっという間に、午後10時。
本当に、あっという間。
完全に電池切れだったながらも、終わることが惜しくて惜しくてたまらない。
今回の飲み会では、同窓生2人に、さんざんほめられたくだりがあった。
特にプライベートにおいて、いろいろ悩んでいることがあったのだが、一気に吹っ切れたというか。
どうも僕自身、人に同調しすぎることで、自分自身に負荷を与えることが多い。
その負荷に耐える心もないくせに。
プライベートにおいて、不条理がふりかかってきたのであれば、そこは素直に「NO」と突っぱねるべきだ。
今回特に、自分自身が正しい、と確信を持てたことで、そこをしっかり割り切っていいのだと確信が持てた。
自分を殺しすぎると、自分自身がつぶれてしまう。
36年間いろんな経験があっての自分自身、改善するべき点は改善が必要だが、ベクトルをひん曲げることまではするべきでない。
自分を殺すのは、会社の中だけでじゅうぶんである。
そういう今の自分に必要なことを、このタイミングで気づかせてくれる2人には、本当に感謝である。
こんな一生ものの財産を持っていることだけで、案外しあわせものなのかも知れない。